反省会(ダラダラ)

2017-0608シェイクスピアとグローブ座01 大きな画像で見る

こういう絵本が最近好きなんだよね。

今、自分は、
でっかい壁のような絵画じゃなくて、
小さい絵をたくさん並べた連作(本、挿絵、絵本)に惹かれてる。
でっかい会場で見るのではなくて、家でペラペラとページをめくって眺めるのが楽しい。


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今、習志野市市展をやってる。
で、パレロワ中庭の絵は、そこに出した。
そこに出すために描いた。


会員なので、15年くらい毎年出してる。

毎年そうなんだけど、絵は描いてる、100枚描いたとしても、
絵画展に出せるのは一枚もない。
絵画展に出すには、絵画展用の作品を作らなければならない。

何故、絵画展が特別制作かというと、下限サイズをクリアできないのだよ。(;´・ω・)
油彩サイズ下限が10号。こないだ描いた家はお気に入りだけど4号。

水彩は6号以上だけど、パレロワ中庭の最初の絵はB5サイズ。
普段描いてる他のも、B4ファイルに全部入るくらいの大きさ。
要するに小さすぎる。

絵画展にしたら小さすぎるけど、
自分にとっては一番好きな大きさ、必要充分な大きさなんだと思う。
これ以上大きいと、ペンが無効になってしまうし、
完成させようと義務感ばかり強くなり、純粋な興味は薄くなってる毎回。

普段と違うこと、しかも意にそぐわない事をする。
それは結構苦痛でもある。


苦痛を少しでも和らげるのは、好きなテーマ、ずっと考えてるテーマが良いと、
最近描いた絵をさらう。最初の候補は、『アーチ』と『暖炉』だった。
いずれもマンガ絵本を描いた時に出てきたイメージで、
着彩失敗したヤツ。リベンジしたかった。
でもリベンジは時間が見えないので、成功作品の『パレロワ中庭』をでっかくする事に。




前置きが長いな、
要するに展覧会は50号までだから、この絵は小さいサイズだよって事。

自信を持って出品したけど、油彩群の中での小さな水彩イラスト細密系、
会場で異質だったな~、油絵に負けてたな~~というのが第一感想。


異質でも輝いて………は、いなかった気がする。(;´・ω・)


パッと見ただけだから、いつもの卑屈verになってるのかもしれないけど。
いつもいつもグループ展での自己評価はサイテー。

そんでいつもいつも発表と同時にテンションダウンな気がする。
徒労感が募る…。




ちょっと待て、いつもいつも…?


そういや会の他の人の絵に憧れたり、尊敬したりの気持ちが、全然ない。
そうだ、会の他の人への興味がそもそもない。
ただ毎年、自分は場違いだなぁ…って思うだけ。


自分だけ異質な事に耐えられず、
会の主旨に合わせた、一生懸命な油絵作品を作ろうとした事もあるけど、
そんな付け焼刃な絵を別に会に評価されるわけでもないし、
何より自分がその絵を好きではない。

この努力って、何の意味があるんだろう?
そもそも努力の方向性が間違ってるんじゃないか。




それが逃げだとか、生きるために一つずつクリアしなければいけない条件だとか、
勉強不足とか、修行中だとか、思い込んでたけど、
理由づけはもうどうでもいいわ。


なんかこう、10年以上違和感感じながら、
出品作品を描くために、毎年、夏が近づくと他の絵を中断して、
学生が夏休みの宿題をこなすような、
とりあえず所属してれば身分が貰えて庇護されてる気分になれるというか、
そんな消極的な気分で長く居座ってしまった事を恥じる。

ちょっと身辺整理しよう。意にそぐわないなら卒業しよう。
義務はできるだけ少なくしたい。




なんかこう、条件つけずに、描きたいヤツを山ほど描きたいな。
しかもくっだらない軽いヤツ。

そんで発表するときはワクワクドキドキするような、そんな気分で発表したい。
くだらなさを笑ったり、憧れたり、尊敬できる人がいるような、つか、
他の人の顔が一人一人見えるようになれば、おそらく自分はみんなのことをそれぞれ尊敬する。



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